「セッション」 表裏一体の解体と構築


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出典 http://cinemanotoriko.blogspot.jp

マイルズ・テラーとJ・K・シモンズが鬼気迫る演技を見せた2014年の映画「セッション」は、既存の音楽映画の型を見事に解体し、新たな音楽映画の形を示して見せました。

それまで音楽映画といえば、音楽家の苦悩やたどった道のり、成功するまでの人生を描くのが定番でした。しかし、その概念は「セッション」の登場により一変します。

今回は「セッション」という映画自体がもたらした新たな音楽映画の構築と、映画で語られた表裏一体の解体と構築についてみていきましょう。

 

「セッション」それは新たな音楽映画のジャンル

音楽映画、と聞いて皆さんはどんな映画を思い浮かべるでしょうか?「あの頃ペニー・レインと」や「スクール・オブ・ロック」など音楽によって人々に起きる変化を描いた作品。あるいは「シカゴ」「アニー」のようなミュージカル。「ジャージーボーイズ」や「Ray/レイ」「アイ・ソー・ザ・ライト」など実在のミュージシャンを題材にした伝記映画も挙がることでしょう。

これらのジャンルは音楽映画の型といっても良いでしょう。「セッション」はこの型を解体し、新たな音楽映画のジャンルを構築してしまったのです。

近年の音楽映画が発するメッセージといえば「音楽は素晴らしい」「音楽によって再生する人の心」といったところ。しかし、この映画にそれは当てはまりません。マイルズ・テラー演じる主人公ニーマンと、J・K・シモンズ演じる指揮者フレッチャーの激しいレッスンを見ればそれは一目瞭然です。むしろフレッチャーは持てるカードを駆使してニーマンの心をズタズタに引き裂いていきます。

狂気のレッスンの先に見える完璧な演奏。それを求める二人の戦いは愛や心という柔らかな言葉から最も遠い場所にあります。完璧な演奏を求めるというシンプルすぎるストーリーは一層狂気を引き立て、観客の頭にあった「音楽映画のセオリー」を解体していくのです。

 

「セッション」で解体された映画のセオリー

殴り合いのようなレッスンから迸るのは、音楽に対する愛というよりも執着や執念といった感情。ひたすらにドラムをたたき続けるニーマンは、最早ミュージシャンよりもアスリートに近い存在に映ります。

では、スポーツを題材にした映画のようにフレッチャーとニーマンの信頼関係が描かれているのでしょうか? 答えは否、というよりその対極にあります。フレッチャーはひたすらニーマンの心を折り、ニーマンもまたフレッチャーに反抗し続けるのです。

体罰や理不尽な要求を繰り返すフレッチャーの指導方法は、前時代的でとても2014年に公開された映画とは思えません。公開当時はこれを理由に批判する人もいたほど、過激で行き過ぎた指導です。
音楽のすばらしさを謳うわけでもなく、教師と学生の信頼関係を描くわけでもない音楽映画。それが「セッション」なのです。

 

解体と構築を繰り返し高みへと上り詰める

では、「セッション」はいったい何を描いた映画だったのでしょうか? あらすじを追えば「ニーマンが最高のドラマーになるまでの物語」と言えます。ニーマンは才能に恵まれたジャズドラマーで、期待をもってアメリカ最高峰の音楽院に入学した19歳の青年です。偉大なドラマーになることを夢見て、人並みに恋もするし父親と映画にも行く、少し控えめな性格の普通の青年でした。

それはフレッチャーとの出会いで一変します。容赦のない罵倒と完璧を求め延々と続くレッスンは、ニーマンの音楽に対する姿勢を完膚なきまでに解体。ニーマンは余暇をすべてドラムの練習に当て、彼女とも別れ取りつかれたようにドラムを叩き続けるようになっていくのです。

そうして新たに構築されたニーマンをも、フレッチャーは再び解体します。もはやニーマンを憎んでいるともとれるその追い詰め方は、解体と構築を繰り返す度にエスカレート。

フレッチャーによる「最高のドラマーの創造」は、ニーマンを壊し続けることによって達成されているのです。対するニーマンの「偉大なドラマーになる野望」は、フレッチャーの解体に負けず自信をさらに強く構築し続けることで達成されていきます

このように、ニーマンとフレッチャーは次第に、互いになくてはならない存在となっていきます。その関係は周囲から見れば歪みきっており、信頼とも敵対とも異なる名付けようのない関係です。

それでもあえて名をつけるならば「表裏一体」と言えるかもしれません。解体と構築という役割を担いあう彼らは二人だけで完結した表裏一体の関係にあり、その間に言葉はなく、ドラムのテンポだけが響いているのでしょう。

 

「セッション」から見える解体と構築についてみていきました。いかがでしたでしょうか。シンプルなセリフと舞台構成で作られた本作は、実は上映時間106分と短め。製作費も3億円程という低予算映画です。しかしそのシンプルさが二人の狂気と圧巻のジャズシーンを引き立てています。

特にラストの9分19秒は必見。このジャズシーンのJ・K・シモンズの演技は、あなたの映画に対する常識を解体してくれるはずです。