取り壊された映画館から人々の心に芽生える映画への想い


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インターネットはもちろん、テレビが各家庭になかった頃、映画は日本の多くの人々を楽しませる娯楽で、映画館は喜びや悲しみを共有できる場でした。

テレビが普及した後も、映画館の大画面で映画館に行かなければ観ることのできない映画の為に多くの人が映画館に足を運びましたが、近年は自宅で手軽に映画を観られるようになった為、映画館への動員数は減少し続け、閉鎖されていった映画館も少なくありません。

そんな映画館の中の一つであるシネフク大黒座は、広島にある122年もの歴史を持つ映画館で、長く地元の人々に愛されてきました。

「シネマの天使」は、周囲の人々の視点からとらえた大黒座の取り壊しをめぐる出来事を映像にし、映画を観た人々の心に映画館で観る映画への想いを思い起こさせるような映画です。

 

解体されても映像に残る大黒座

「シネマの天使」の監督である時川英之監督は、数多くのドキュメンタリー作品を取り続けてきた映画監督で、大黒座のスタッフの大黒座に対する思いの強さに、大黒座の為にできることをと考え、この映画の製作をしたいと思ったそうです。

映画は、大黒座で映画を観ることを楽しんできた地元の人々、大黒座で働いてきた従業員達など、大黒座が閉鎖され、終わっていくことに悲しみを感じている人々の他に、シネフク大黒座の支配人、映画監督を目指しているバーテンダーから見た大黒座の取り壊しに対する思いが描かれ、映画を観た人々の心に映画館で映画を観ることによって得られるものとは何なのだろうと問いかけてくるような作品です。

映画の撮影を始める前には、大黒座にかかわる人々の思い出話、大黒座の観客からの手紙などを基にして脚本が作られた為、実際に起こったことそのまま映画の中にある数々のエピソードになっています。

そして、映画の中に存在していた本当の大黒座の映像を残す為、壁の残された観客のメッセージ、閉館セレモニー、取り壊しの解体工事は全て実際の映像が使われています。

解体工事が始まった時には、監督自身や映画に関わるスタッフも切ない気持ちになったそうです。

それでも、映画全体として、悲しい切ない気持ちだけではなく、大黒座の周囲にいる人々の大黒座に対する夢や希望や幻想が作り出す温かく不思議な世界を描き、未来に繋がるような、終わりを迎える大黒座へのはなむけとなるような作品に仕上げたそうです。

 

取り壊しになった映画館の映画「シネマの天使」から映画館で映画を観ることの価値を伝えたい

時川英之監督が映画の中で好きなセリフの一つは「お客さんが映画を観て喜んでくれると、わー!っとなる」という大黒座のスタッフのセリフだそうです。

現在では、手軽に自宅で映画を観られるようになったため、多くの人が自宅で映画を観るようになりましたが、実際に映画館で映画を観ることの価値は「お客さんが映画を観て喜んでくれると、わー!っとなる」ことなのだと時川英之監督は考えるからです。

現実から隔絶された空間である映画館の大画面で映画を観ることによって、映画の中に入りこみ、自分が主人公になったような気分になること、映画のストーリーを体感できることが映画館で映画を観ることの大きな魅力でもあり、映画を観た人の価値観を変えるような大きな影響力でもあります。

映画館に足を運び、映画館という特別な空間で映画を観ることの価値を再認識し、映画館で映画を観る価値を知ってほしいという監督の想いが作った映画とも言えるのではないでしょうか?

 

映画はただの娯楽ではない、出会いであり体験。取り壊しから生まれる、映画館の再定義

映画を観るためだけの空間。大スクリーンが生み出す圧倒的な臨場感の中での映画鑑賞は、テレビ画面でただストーリーを追うだけの鑑賞とは明らかに異質な体験であるでしょう。

自分の今生きている日常を、時間軸を、少しのあいだ離れ完全に映画の世界観と一体になる体験こそが、映画というものの本来の価値なのではないでしょうか。
映画が終わるまで座っていた何時間かで、『何かが変わった』り、それまで自分の見ていた世界とはまるで違うように世界を捉えだしたりするのです。

人生では数々の出会いがあります。人との出会い、映画との出会い、文学作品との出会い、そして時にそれらの出会いは、一人の人間の人生を大きく変えてしまうほどの影響力を持つことがあります。やはり映画を観ることがそのような出会いになるためには映画館という空間が必要です。

122年もの間そんな体験を人々に与えてきた大黒座の取り壊しは、私たちに何かを教えてくれています。
巨大な市場である映画業界は国内外問わず次々と映画を作り続けています。
ですが、映画というものは淡々と消費されていくものではなく、一つの『出会い』であり、『体験』であるのです。
私たちはその一つひとつの出会いをもっと大切にすべきなのです。

 

いかがでしたか?
テレビやインターネットで、いつでも手軽に自宅で映画を観ることができる時代ではありますが、映画館に出かけて誰にも邪魔されない空間に中で、大きな画面に映し出される映画に入り込むという喜びは、現代人にとってとても貴重で贅沢な娯楽なのではないでしょうか?

小さな映画館が解体されるのはとても残念なことですが、その解体が私たちの心に映画館の良さを訴えていることは確かです。
映画館で映画を観るからこそ、映画というものが私たちにとって強烈な体験や出会いになりうるのです。

ぜひ、週末にでも映画館に足を運んでみてください。