千と千尋の神隠しにおける、千尋の「解体と再創造」


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出典
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欠点ある自己を解体する主人公

欠点を抱えた主人公が、古い自分を解体する。

その欠点は主人公を生きづらくさせています。欠点ある自分を解体し、「よりよく生きられる」新しい自分を主人公が再創造する。

この瞬間をカメラに収めたものが、映画と呼ばれるしろものです。

今回はそれを、超名作「千と千尋の神隠し」を題材に解説したいと思います。

千尋の欠点とは?

そして彼女が再創造した新しい自分とはどんなものだったのか?

 

千尋は『自分で問題を解決できない』

まず千尋の欠点とはなにか解説いたします。

それは、「自分で問題を解決できない」ことです。

冒頭、引っ越しの車内。すねてふて寝する千尋は、花束がしなびているのに気づくやいなや、なんとかして! と母に泣きつきます。このあたりに象徴されています。

自分で問題を解決できない。その力も、自信も、勇気もない。

ゆえに彼女は、庇護と奉仕を際限なく周囲に求めつづけるのです。そしてその欲求が完全に満たされるなどということはありえません。だから彼女の表情は、異界に迷い込むまで、ついぞ不満げにしか描かれないのです。

千尋はまだ十歳です。年相応なのかもしれません。しかし彼女には親友はいない。そのように宮崎監督は描いています。初めてもらった花束とカードのおざなりさにそれは表わされています。

ではどのようになれば、彼女に親友は与えられるのか?

 

宮崎監督が千尋に与えた、解体への階段

宮崎監督の答えはシンプルです。「自分で問題を解決できるようになれ」

つまり、人に奉仕ばかり求めず、自分の頭と手足で解決に当たれるようになれということです。

と言ってもいきなりそうはなれません。宮崎監督は、丁寧かつ慎重に、千尋に解体への階段をのぼらせています。作中、千尋にはさまざまな問題が次々に襲いかかります。その解決の際、徐々に周囲の援助を減らし、千尋自身の頭と手足を使う割合を少しずつ増やしてやっているのです。

まず前半。異界に迷い込んだ千尋は、うずくまり両親を呼んでひとり泣くだけでした。彼女をハク・カマ爺・リンなどが、それぞれのやり方で助けてくれます。彼らは、問題解決のためのさまざまな方法例を見せてくれているともいえます。そしてその指示を守り抜き、千尋は湯婆婆の圧迫面接を突破するのです。

ハクに、豚化した両親と再会させてもらったとき、ついに千尋は決心します。この大問題を自分が解決してみせる。両親を人間に戻し、元の世界に帰ってみせると。

前半のハイライト、河の神の浄化です。湯屋一同、一丸となって綱を引き、神の浄化に成功します。その解決の糸口を見つけたのはまぎれもなく千尋でした。

初めて自分の頭で問題を解決に導いた千尋。その夜、千尋はお礼のニガダンゴを握りしめ、映画はじまって初めて満足げに微笑むのです。

 

ついにひとりで、しかもふたつの大問題に

後半では、彼女がひとりで問題解決にあたるようになります。

千尋はハク竜の危機を知ります。湯婆婆の部屋への危険な道。無垢で残酷な坊。彼女はハクへの想いを糧に、自分の頭と手足でそれらを突破してゆきます。

しかしその裏ではカオナシが暴走し、湯屋全体を危機に陥らせていました。さらにハクは瀕死の状態です。

ハクの危機と、カオナシによる湯屋の危機。

ついに、千尋に完全解体のときが訪れます。

このふたつの大問題を、自分が収めると宣言するのです。

まず神からもらったニガダンゴをふたりに使います。そしてその神の力だけでは不十分だと判断します! ハクの尻は、自分が銭婆に直接謝罪にいって拭う。カオナシには湯屋という「仮の宿」ではなく「帰る家」を見つけてやろうとするのです。

このニガダンゴを与えるくだりは誤解されがちです。自分の親でなくふたりを救った、という単なる自己犠牲のように。しかし千尋は両親の問題をあきらめたわけではまったくない。列車が片道と知った千尋は、「帰りは線路を歩いて帰るからいい」と言います。「ハクが助かるならどうなってもいい」ではないのです。彼女は生きて戻り、両親の問題もいずれ自分で解決しようとしているのです。

暴走するカオナシに対応するときの、毅然とした彼女の態度はどうでしょう。坊たち部下をつれて水没した線路をゆくときの、堂々とした後姿は。片手を上げてリンを安心させてすらやります。

千尋の解体に感銘をうけ、ハクたちも解体されます。元の世界に戻るとき、千尋はみなに祝われ、別れを惜しまれます。親友が与えられたのです。

 

問題を解決する自信と力を身につけること。そうすれば他人に奉仕を求め続けずすむこと。それがひいては他人からの愛情につながるのだということ。

仕事人間・宮崎監督は、その自由さとすばらしさをシンプルに示しているのです。働くことに不安しか覚えられない、春からの新社会人にも、ぜひとも見直していただきたい作品です。