洋画「HEAT」が描く自己の解体と創造


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出典 https://en.wikipedia.org/

映画とは、主人公が古い自分を解体する瞬間を、カメラで記録したものです。

古い自分とはなにか。それは固定観念や思い込み、トラウマ、社会常識などにとらわれている自分です。そんな自分を解体し、よりよく生きる新しい自分を創造する…。

具体例として、私は今回「HEAT」という映画をご紹介します。この映画の主人公が、古い自分をどのように解体するのか。順を追ってご覧にいれたいと思います。

 

孤独の檻にとらわれた、強盗と刑事

主人公のニール(ロバート・デ・ニーロ)は強盗です。彼は冒頭で現金輸送車を襲います。無駄や迷いのないその動き!観客はまず、「彼はこれを仕事にして生活しているのだ」という実感に圧倒されるでしょう。警察無線を傍受し、追手の動きを読みつつ彼は逃走します。プロなのです。

ニールはおのれにある掟を課しています。「いつでも三十秒以内に高跳びできるよう、深い人間関係は結ぶな」

彼には、かつて州刑務所に長く服役したという過去があります。もう二度とあそこには戻りたくない。それゆえ厳しい掟を作り、心を閉ざして孤独に生きているのです。

これが彼の古い自己です。彼の住む、ひとつの家具もない豪邸は、しかし皮肉なことに監獄にしか見えません。孤独の檻にとらわれる彼が、どうやって古い自己を解体してゆくのか?

 

ニールを追うのがハナ警部(アル・パチーノ)です。ハナもまた怪物。ニールの仲間の口癖ひとつを足掛かりに、彼らをみるみる追い詰めてゆきます。

しかしハナもまた、ニールと同じ孤独な人間でした。人の愛し方がわからない。薬物に依存する妻と、その連れ子。彼は家族とどう接すればいいのかわからないのです。そして彼は仕事に逃げ込みます。彼も孤独の檻に閉じ込められていました。

 

立場は真逆なれど、このふたりは同種の自己に苦しんでいます。他人と深く関われない。同じ苦しみを抱えた彼らの、激戦がはじまります。

 

ニール解体のプロセス

ニールは、イーディという女性に出会います。「寂しくて死にそう」と素直に自分を求めてくるイーディに、彼は徐々に惹かれてゆきます。しかし強盗犯であることは明かしません。適当な嘘でごまかしたまま、体を重ねてゆくのです。

ニールは強盗から足を洗うことを決めます。年齢的にも潮時だと思っていたのかもしれない。イーディと生活する金を得るために、最後の仕事とし、銀行強盗を犯すことを決意します。

彼は周到な計画を立てます。実行します。成功するかに思えました。その瞬間、密告者の存在によって、ハナ警部たちロス市警の各員に囲まれてしまいます。

 

ニールはかろうじて包囲網を抜け出します。しかし彼の顔とその罪が、ひっきりなしに全国ニュースで流れています。すぐにでも警察が飛び込んでくるかもしれない。今こそ「三十秒以内に高跳び」すべき時なのです。彼は実際、ただちに手筈を整えて、イーディを連れて逃げようとします。

 

ここで彼は選択を強いられます。彼は強盗犯なのだという真実を知ったイーディが、彼のもとから逃げ、走り去ってしまうのです。

ニールは葛藤します。時間がない。彼女を置いて、ひとりでも逃げろ。逮捕されたいのか。そのために孤独に生きてきたんだろう。今なら逃げ延びられる…。

 

ニールはしかし、イーディを追います。彼女の腕を掴み、つっかえつっかえ思いを吐きだします。「ひとりで逃げ延びたって、もう無意味だ。君がいなければ……寂しい」

この瞬間、彼は古い自己を解体したのです。

ひとりで安全に、しかし孤独に生き延びるより、誰かと一緒に過ごしたい。そうでなくては生きる意味はない。彼は孤独の檻を破りました。

イーディもその変化に打たれます。迷った末に、彼女は彼を受け入れます。ふたりで逃げようと、彼らは動き始めます。人間性を得たニールは、この危機的状況にも関わらず、どこか心地よさそうですらあります。

 

解体・創造に成功したニール。しかし、ハナは?

一方、ハナ警部は彼らの行方を掴めません。さらにハナの義理の娘が、自殺を図ります。娘は彼の気を惹こうとしたのでした。と同時にハナに、ニールの居場所の情報が入ります。彼は葛藤します。そして彼は、ニールを追うことを決めました。妻と、意識の戻らぬ娘を病院に残して…。つまり、ハナ警部は変われなかった。

 

迫るハナ警部に、ニールは逃げきれないと悟ります。ニールは自らイーディのそばを離れ、他人のふりをすることで彼女の未来を守ります。

そしてハナとの決戦。ニールは撃たれます。しかし彼から無念さはうかがえません。一時とは言え、生まれてはじめて誰かと生きる幸せを味わえたからでしょう。

 

悲惨なのは、古い自己を解体できなかったハナ警部です。彼を待つ家族はもういません。ひとり生き残った彼を、いっそう孤独な余生が待っているのです。