家族のきずなは何にも代えがたいものになり得るか「レインマン」


 

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出典 http://katasumi.at.webry.info/200903/article_18.html

 

介護問題、と言えば眉間にしわを寄せる人も多いでしょう。介護は終わりのない霧の中を、手探りで進むようなものです。終わりは最悪を意味し、だからと言って改善も望めない。しかし辛さを表現することもままならない。しかし、ほんの一時夢を見ることもあります。このままうまくやれるかもしれない。そんなありえないと分かっている夢を。

今回ご紹介する「レインマン」も、大きくとらえれば介護問題を取り上げた作品と言えるでしょう。ダスティン・ホフマンが演じる自閉症を抱えたレイの演技が見事な作品です。

厳密にいえばレイは一般的な自閉症患者ではありませんが、それでも生活には一般的なレベルを超えた周囲の手助けが必要な患者です。彼と、彼の年の離れた弟チャーリーとの交流を描いています。

 

壁を解体したのは果たしてなんであったか?

さて、本作の大きなポイントとしてまず挙げられるのが、レイとチャーリーの触れ合いでしょう。始めは遺産目的の誘拐まがいのことをしてレイを病院から連れ出したチャーリーですが、次第にレイを兄として慕うようになります。

そのきっかけとなったのが、レイがもっていた一枚の写真でした。幼い、物心つく前のチャーリーとレイが一緒に写っている写真。この写真をきっかけに、今までレイがあぶないからと言って飛行機や高速に乗ることを拒否していたのはチャーリーを守るためだったとわかります。さらに言えばレイが家を出て病院で暮らし始めたのも、幼いチャーリーをケガさせてしまわないようにでした。

存在も知らなかった兄に深く愛されていたことを知ったチャーリーは、これ以降次第にレイを慕うようになります。一枚の写真がふたりの関係を大きく変えたことは確かです。しかし、それだけでは不十分であったとも感じられます。

 

肉親の情は、重度の障害を100%身内だけで乗り越えることを決意させるほどには強くはないからです。言い切ってしまうのも少しためらわれますが、実際身内の介護をしてみたりすると肉親の情ではどうにもならないことが多々出てくるものです。だからこそ介護士さんが必要になってきたりするのですから。

それを裏付けるかのように、その後のシーンでもチャーリーはたびたびレイにいら立ちをぶつけます。それだけではないなら、なにがあったのか? 肉親の情に加え、彼らの間にはもうひとつ重要な糸がありました。友情です。

チャーリーはレイの能力を利用してカジノで一儲けします。肉親の情だけなら眉を顰めるような行動でしょう。しかし、チャーリーとレイはそれを楽しんでいました。大儲けして、ちょっとすって、カジノに目をつけられて出入り禁止を言い渡されて。

カジノでの一晩は、彼らがこれまでに育んだ関係にもうひとつ、友情を加える意味があったのではないでしょうか

 

3歩進んで2歩下がる

肉親の情に友情。これだけ揃えば、もしかしたらこの先レイとチャーリーは一緒に暮らしていけるかもしれない。そんな観客の期待はさっくりと裏切られます。朝ごはんの支度をしていたレイが火災報知器のベルに驚いてパニックを起こしてしまうのです。

飛び起きたチャーリーは火災報知器を叩き壊しますが、レイが助けを求めて呼んだ名前はチャーリーではなく、病院でずっとレイの世話をしていた看護師の名前でした。

このときのチャーリーの諦めや落胆は、身内で介護をする人たちが抱える虚しさと同じものです。状況は変わらず、彼らに手は届かず。そんなぶつけどころのない虚しさです。一緒には暮らせない。それを痛感しながらも、一緒に暮らしたいと願い、チャーリーは裁判のための面接をする医師に訴えかけます。

しかし、医師はやはりいい顔はしませんでした。たった一週間前には誘拐まがいのことをしたチャーリーが、一生兄の面倒を見たいと言っている。

きっとどんな医師であっても同居の許可は出せなかったことでしょう。チャーリーの気持ちが本当だったとして、気持ちだけではどうにもならない問題なのです。

芳しくない面接の結果に落ち込むチャーリーに、レイは「親友だ」と言います。たとえ一緒に暮らせなくとも、家族で、親友だと。

そのひとことですべてが救われたかと言えば、そうではないでしょう。結局レイは病院へ戻ることになってしまいます。しかし、彼らの人生は続きます。チャーリーは兄の存在を知ることができ、会いに行くことができるようになったのです。母親を早くに無くし、父親からは望む形で愛されなかったチャーリーは、レイという肉親と無二の親友を得ることができたのです。

今はまだチャーリーもレイも準備ができていなくて一緒には暮らせなかった。けれど、彼らの関係はまだ始まったばかりで、これから一緒に暮らすこともあるかもしれない。そう感じさせてくれるラストは、私にとって間違いなくハッピーエンドなのです

 

出来上がったきれいな更地

総括しますと、これはスタートラインに立つまでの物語だと言えるでしょう。まるで岩だらけ穴だらけの地面をならすような、そんな物語です。

解体と構築を繰り返し、3歩進んで2歩下がるように関係を進めていったふたりが最後に作り上げたのは、まっさらで平らな地面です。そしてふたりはそれぞれ元いた場所へと帰っていきます。

もう一度、はじめから、まっさらな状態でやり直しです。これから更地に何を築いていくのか、どうやって築いていくのか。そこまでは語られていません。しかし、きっとレイはチャーリーに惜しみなく愛情を注ぐでしょうし、チャーリーもまたそうするでしょう

 

「レインマン」についてお話ししてきました。いかがでしたでしょうか。この作品でレイを演じるにあたり、ダスティン・ホフマンは役作りに一年をかけました。そのかいあって、本当によくレイの症状が表現されています。突然のパニックなど、介護を経験している人たちにとっては恐怖ですらあるかもしれません。チャーリー役のトム・クルーズもまた恐ろしいほどに障害に理解の無い人間をリアルに演じています。ラストも含め、これほどまでに真に迫った介護をめぐる映画はあまりありません

しかしそれだけに、彼らが互いを理解していく光景はとても美しいものです。忘れてしまいがちな「人が人を支える美しさ」というものを見せてくれます。

介護はつらくて大変だけれど、悪いことばかりではないのだ、と。