十字軍による中世ヨーロッパの封建制の「解体」と王国の「創造」


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十字軍とは主に、1096年から始まったヨーロッパのキリスト教諸国が宗教的な聖地であるエルサレムをイスラム教諸国から奪還する目的で行った遠征軍のことをいいます。

この戦争の正否については、視点や立場の違いに加え総論各論によって様々で、簡単に論ずることはできません。

しかし、歴史的な大きな転換をもたらすきっかけであったことは事実といえるでしょう。十字軍は中世ヨーロッパの封建制を「解体」し、中央集権制を「創造」する下地をつくったのです

 

十字軍は200年の間、断続的に続けられた遠征戦争

十字軍は1096年に行われた第一回目の遠征を皮切りに、約200年もの長きに渡って断続的に繰り返された遠征です。西ローマ教皇の呼びかけに応じて、ヨーロッパ各地の諸侯が集まり、遠征を行います。

諸侯とは地方領主であり、各国の君主から権限を認められ各地方を治めていました。このような統治制度を封建制といいます。中心となる遠征の回数は数え方に諸説があって統一されていません。一般的には7回とされています。

エルサレムの奪回が第一の目的であることは共通していますが、遠征目的地は様々で4回目以降はエジプトが攻略対象となっています。これは当時、エジプトがイスラム教諸国のなかでも中心的な強国だったからです。

その他にもキリスト教側から見た異端・異教徒の討伐や、規模の小さいもの、民衆が自発的におこなったものなど、多くの十字軍がこの期間に活動をしました。

戦争である以上、破壊的で悲惨な出来事が数多くあるのは当然かもしれません。しかし、十字軍の場合は宗教的な熱狂も加わり、後世のそしりを受けるほどの虐殺や略奪も行われました。
ところが、別の面では大きな実りももたらしています。それは東西の交流による経済の発展でした。

 

十字軍がもたらした東西交流

遠征でイスラム諸国を目の当たりにした人々は、その豊かな文化や珍しい商品に驚きました。戦争という破壊活動がきっかけになったのは皮肉にも思えますが、十字軍によって西アジアとの貿易が活発になるのです。

遠征の拠点となったイタリアにいる商人たちを通して、ヨーロッパ各国に香辛料や絹織物など様々なアジアの商品が運ばれました。ヨーロッパからは主に毛織物が輸出されたようです。

この活発な経済活動は、ヨーロッパに重大な変化をおこしました。商業が発展することで、民衆が経済的に豊かになり、都市が大いに繁栄したのです。

豊かになった民衆は、支配下に治めようと虎視眈々と狙ってくる地方諸侯から自らの生活を守るために、君主である王や皇帝に自治権を求めました。君主は都市を保護し自治を認める代わりに税を収めるように要求します。

つまり、繁栄した都市は君主の直轄地の形になり、地方諸侯はその利益を得られなくなりました。

 

十字軍が遠因となり差が生まれた王と諸侯

地方諸侯が都市を狙ったのには訳があります。それは十字軍への参加の結果、経済的に疲弊していたからです。

前述したように十字軍は教皇の呼びかけにより、各地方の「諸侯」が参加した遠征軍です。当然、軍備や兵糧といった戦争するために必要な物資は諸侯が自分で負担します。

さらに十字軍の戦争目的はエルサレムの奪回であり、領土や権益の拡大ではありませんでした。得るものは宗教的な名誉や教皇との外交的な利益で、経済的にはマイナスです。それでも勝利すれば別の面での利益があったかもしれませんが、十字軍は事実上第一回目を除いてほとんどが負け戦でした。

つまり諸侯は十字軍に参加すればするほど、経済的には困窮していったのです。だからこそ発達した都市を支配し富を得たかった諸侯ですが、豊かになった民衆はそれを良しとせず、自治権を得るために君主と直接繋がりました

衰退していく諸侯とは逆に、王や皇帝は豊かな税収を背景に権力を強めていくことになります。
諸侯が主役ともいえる封建制度が終わり、君主が実質的にも国の中心となる中央集権制へ至る道は、この十字軍がきっかけだったのです。

 

このように、200年に及ぶ十字軍の活動は徐々に諸侯の力を削ぎ、逆に王や皇帝の権力を強めていきました。民衆もまた豊かになり、ただ支配されるだけの存在ではなくなっていきます。

それは中世ヨーロッパの統治制度だった封建制の崩壊を意味しました。
十字軍の活動が封建制を「解体」し、あらたなる国の形である中央集権制を「創造」するきっかけになったのです。

戦争を肯定するわけではありませんが、歴史的な大きな流れが「創造」されるときには、大きな「破壊と解体」があることが多いのも事実でしょう。十字軍がもたらした歴史上の影響を見ると分かるように、「解体」は必ず大きな「創造」をもたらすのです。

【参考サイト・文献】
■鶴岡聡(2004)『いっきに読める世界の歴史』中経出版.
■クシシトフ・ポミアン(2002)『増補 ヨーロッパとは何か 分裂と統合の1500年』松村剛 訳,平凡社.
■ジェフリー・リーガン(2008)『ヴィジュアル版「決戦」の世界史 歴史を動かした50の戦い』森本哲郎 監修,原書房.