機械か、人間か 『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』で解体される心


出典  http://collider.com/

いま私たちが日常的に使っている(この原稿を書くのにももちろん使っています)コンピューター。日本語では電子計算機という名前なのはご存知でしょうか? そう、もともとコンピューターは計算をするために作られた機械なのです。

このコンピューターの元となった機械は、第二次世界大戦中のイギリス南部、ブレッチリーパークで生まれました。開発者はアラン・チューリング。功績を考えれば、本来ならもっとその名は知れ渡っているべきでしょう。

しかし、チューリングがコンピューターの原型を生み出した目的は、ドイツ軍の暗号機「エニグマ」の解読のためでした。さらにチューリング自身が抱えていた秘密も手伝い、その功績は長らく陰に隠されていたのです。

そのアラン・チューリングがエニグマを解読する様子を映画化したものが今回ご紹介する『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』です。主人公アラン・チューリング役には「ドクター・ストレンジ」のベネディクト・カンバーバッチ。脇を固めるキャストには「パイレーツ・オブ・カリビアン」のキーラ・ナイトレイや、「シングルマン」のマシュー・グードなど実力派が揃っています。

 

アラン・チューリングという人間が生み出した創造と解体

コンピューター。それこそがアラン・チューリングが生み出した私たちに最も身近なものかもしれません。チューリングのチームが暗号を解読したことで戦争の終結は2年以上早まり、多くの人命が救われました。チューリングが暗号を解体したからこそ、今日の素晴らしい世界がある、ともいえるでしょう。

ではなぜ、そんな偉大な功績を遺した人物がそれほど有名ではないのか? それは、チューリングが同性愛者であったことが原因でした。当時のイギリスでは、男性同士の同性愛は違法とされていたのです。

もともと暗号解読という秘密の任務に従事していたチューリングでしたが、同性愛者として逮捕されたことで世間からは大きなバッシングを受けることになってしまいました。冷戦下の当時、ソ連のスパイは同性愛者に付け込むという噂話が流れたことで批判はひと際大きなものとなっていたのです。

裁判により科学的去勢を受けたチューリングでしたが、その後服毒自殺でこの世を去ってしまいます。わずか41歳でした。まだ差別という意識も薄かった時代、アスペルガー症候群と思われる兆候を抱え、同性愛者という秘密も抱え、暗号解読者としての秘密も抱えるのは辛すぎたのかもしれません。

 

チューリングによって解体された女性差別

本作では多くのテーマを取り扱っています。クロスワードパズルの天才ジョーンも、差別を受ける人物のひとりです。ジョーンが受けていたのは女性差別でした。

テストをパスし、秘密の仕事への挑戦権を得たジョーンでしたが、女性であることを理由に試験を受けられないと断られてしまったのです。会場にいる男性たちと同等の能力があることを示しても、女性であるという理由一点だけで拒まれる。これは明らかな女性差別です。

そんなジョーンに助け舟を出したのはチューリングでした。チューリングには、女性を差別する意味が分からなかっただけだったのでしょう。しかし、チューリングが変わり者だったおかげでジョーンは試験を受けることができ、優秀な成績で見事合格したのです。

 

なぜ同性愛者差別は解体に至らなかったのか

チューリングのおかげでわずかながら女性差別が解体された一方で、同性愛者差別はチューリングを死に追い込みました。作中、ジョーンをはじめとするチームの仲間たちは、チューリングの性的嗜好を薄々ながら感じ取り、それでも受け入れています。その点だけ見れば、同性愛者差別が解体されていたと考えることもできるでしょう。

しかし、大戦終結後、伴侶を手に入れ仕事も続けているという望むものすべてを手に入れた状態でチューリングのもとを訪れたジョーンが見たものは、科学的去勢により素晴らしい能力を失ったチューリングだったのです。

両者とも差別に苦しんだ者同士だったはずなのに、どうして差別の解消に差がついてしまったのか? それは、チューリングがジョーンを公衆の面前で受け入れたことに対し、チューリングの性的嗜好は暗黙の了解に過ぎなかったからだと考えられます。同性愛は法律でも禁じられていたため、暗黙の了解にせざるを得なかったのです。私たちを守る法律は、時に差別の解体を妨げる大きな壁になっていたのでした。

 

チューリングテスト、という言葉は聞いたことがあるでしょうか? ある質問をし、回答者が機械か人間かを見分けるテストです。いまや人工知能が大きく飛躍を遂げている時代。世の研究者たちは、チューリングテストをクリアする人工知能の開発を目指しています。しかし、今なお差別が色濃く残る社会を生み出した人間と人工知能、果たしてどちらが優れているのでしょうか。