何かを創り出す、ということ 「ガタカ」


出典 http://www.denofgeek.com/

我々はいつだって何かを創り出そうとしています。美しいもの、便利なもの、面白いもの…。創出こそが人間の本質なのかもしれません。

今回ご紹介する「ガタカ」は、人間たちが自分自身の運命すら創出するようになった時代のお話です。本作は命の選別や遺伝子操作など、多くの視点から語ることができます。今回は「ジェローム・モロー」という人格の解体と再構築という視点で見ていきましょう。

 

人工的にデザインされた人と運命に任せて生まれた人

舞台は近未来、多くの人間は遺伝子操作を受け、優れた能力を持って生まれていました。しかし、主人公のヴィンセントは違います。ヴィンセントは両親が「運命のままに」と望んだために持病を抱えひ弱な能力で生まれた「不適正者」だったのです。

本作のもう一人の主人公ジェローム・モローは、非常に優れた能力を持ちながらも、事故で不自由な体になってしまった元水泳選手です。ジェロームは自分の優秀な遺伝子とIDをヴィンセントに売り、成り代わることを許します。

普通、自分のすべてを売り渡すなど到底できないことです。自分自身を解体し、何者でも無くなるという事なのですから。しかし、ジェロームは迷うことなく売り渡します。自らに課せられた役目を果たせなかったことで絶望していたからです。こうして「ジェローム・モロー」は解体されていきました。

 

宇宙を夢見るジェローム・モロー

新たなジェロームは宇宙を夢見る存在として生まれました。明晰な頭脳と優秀な運動神経は遺伝子通りの優秀さという評判です。もちろん、いくらIDを偽装しようともヴィンセントの遺伝子は変わりません。ヴィンセントがヴィンセントとして新たなジェローム・モローを再構築したのです。

では、本当のジェロームはどこに行ってしまったのでしょうか? いくらIDを売り渡したとはいえ、存在が物理的に消えてなくなるわけではありません。本当のジェロームはヴィンセントと暮らしながら、ヴィンセントに擬装用遺伝子サンプルを提供していました。

初めこそジェロームは素直に協力せずヴィンセントを困らせます。しかし、交流するうちに次第に心を開き、ヴィンセントに積極的に協力するようになるのです。

つまり、ジェロームは自身の人格をヴィンセントに託すことで、また新たな自分自身を作り上げていたと言えるのではないでしょうか。優秀な遺伝子を使い何かを成すわけではないけれど、ヴィンセントに協力することでヴィンセントと共に宇宙を夢見ていたのです。

 

旅立つふたりのジェローム・モロー

こうしてひとつの遺伝子からふたりのジェローム・モローが再構築されました。しかし、ついにヴィンセントが宇宙へ旅立つときがやってきます。ヴィンセントに夢を見ることで生きていたジェロームは、自分のすべてをヴィンセントに託すことを選びます。自分自身を完全に消す。それは悲劇でしょうか?

そうではありません。ジェロームは、自らを消すことでヴィンセントにジェローム・モローという人間のすべてを渡したのです。いわば本当のジェロームは、ヴィンセントが演じるジェロームのサポートのような役割を演じていました。

ヴィンセントが宇宙に旅立つ今、サポート役はもう必要ありません。宇宙にサンプルを届けることはできませんし、本当のジェロームが宇宙についていくこともできないのですから。

役割を終えたと悟ったジェロームは、この先一生分の遺伝子サンプルを残して存在を消すことを選んだのです。いわば、自ら決めた寿命を全うしたと言えるでしょう。

この物語は、ジェローム・モローという人間の生まれ変わりの物語だともいえるのではないでしょうか。

 

今回は映画「ダカタ」を見ていきました。いかがでしたか? この映画を再生すると、画面いっぱいに美しいものが広がります。可能な限り管理された社会は、ある人にはとても寂しく映るのかもしれません。

しかし、洗練された美しいものが残る世界はとても魅力的です。それは、そこに至るまでに切り捨てられたものの影を感じるからではないでしょうか。その一抹の寂しさがより一層あの美しい世界を引き立て、私たちを魅了するのです。